ヒラメキから突破への方程式

日本人の心をつかむハンバーガー真逆の戦略

株式会社モスフードサービス

代表取締役社長

櫻田 厚

写真/宮下 潤 動画/トップチャンネル 文/薮下佳代 | 2014.04.10

1972年(昭和47年)に創業して以来、日本発のハンバーガーチェーンとして歩んできたモスバーガー。原材料にこだわり、日本人の味覚に合う商品開発、丁寧なサービスなどを強みとし、ファストフード業界売り上げ第2位を、長年に渡りキープし続けてきた。モスバーガーが今までの常識に囚われることなく挑戦してきた、“突破”への原動力は?

株式会社モスフードサービス 代表取締役社長 櫻田 厚(さくらだあつし)

1951年東京都生まれ。東京都立羽田高等学校卒業後、広告代理店勤務を経て1972年株式会社モスフードサービスの創業に参画、77年入社。西日本営業部長、海外事業部長、取締役海外営業部長などを経験し、98年代表取締役社長に就任。「食を通じて人を幸せにすること」を企業目標に、日本の食生活を大切にした商品を提供している。バンド活動のほかボーリングも趣味のひとつ。

1970年代初頭、ファストフード時代の幕開けを迎えていた。71年(昭和46年)、米国のハンバーガーチェーンが鮮烈なデビューを果たし、日本上陸。翌72年(昭和47年)、日本発のハンバーガーチェーンとして「モスバーガー」が東京・成増に1号店をオープン。たった2.8坪の広さの店舗で始めた1号店は、地元密着型で人気を集め、その後、着実に店舗数を増やしていき、国内店舗数は現在1443店、海外店舗320店にものぼる(2014年2月末現在)。

低価格が売りの米国式のファストフードチェーンとは異なり、高品質と適正価格で勝負しながら、日本独自のハンバーガーチェーンとして成功したその秘訣は何だったのだろうか。

たとえば、食事の提供の仕方。典型的なファストフードのスタイルといえば、注文が入ったら1分以内に提供し、お客様自らが席まで運ぶセルフサービスが主流。しかし、モスバーガーでは、注文を受けてから作る「アフターオーダー方式」を採用した。

「注文を受けてからひとつひとつ作り、できたてを提供したほうが、絶対おいしいに決まっていますから。提供の仕方も、ご注文を聞いてからお出しする際、お客様に運んでいただくのは恐縮だから、持って行こうと。

ほかのハンバーガーチェーンも続々とオープンしていくなか、それぞれのお店でいろんなスタイルがあるからお客様が選べるわけで、他店との違いが際立っていたからこそ、すみ分けができていったのだと思います」

創業者である櫻田 慧は、証券会社勤務時代、ロサンゼルス赴任中に食べたハンバーガーに感動し、その味を日本でも…との思いから、「ジャパンオリジナル」を追求。真っ赤な輪切りトマトとミートソースがたっぷり入った「モスバーガー」をはじめ、日本のファストフード業界初となる和風味の「テリヤキバーガー」や、世界初の「モスライスバーガー」など、モスバーガーの最大の強みである、“日本の味”をベースにメニュー開発を行った。

「日本人の味覚というのはよくも悪くも独特なんですね。典型的な和食というのは、味噌と醤油の味が大きな特徴です。いまから40年くらい前の食卓は、ごはん、お味噌汁、おしんこ、卵焼きやおひたしがあって、魚や肉があった。

そうした日本の食文化をベースに考えると、パンと肉だけのハンバーガーではなく、野菜を入れたり、ソースを入れたりしないと日本人はたぶん飽きるだろうなと考えました。また、パンのかわりに米を使ったライスバーガーは、甘辛味のつくねでデビューし、売り切れ店が続出するほどの人気でした」

日本人にとっての、が多いのもモスバーガーの特徴だ。食のスタイルや文化も欧米化してしまったとはいえ、日本人なら誰にとってもなじみ深い“和の味”を大切にしながら、日本に根ざしたハンバーガーチェーンであろうとするモスバーガーの基本理念は、創業時から変わることなくファストフード業界のなかで独自性をもっている。

「結局、ものまね、コピーというのは、クリエイティブな発想がなくてもいいわけです。ハンバーガーなら、パンと肉、ケチャップにマスタードがあれば、似たようなものが作れます。でも、それをコピーしただけでは特徴は打ち出せません。

日本人の舌の繊細さを考えると、町にある定食屋とか、小料理屋とか、そこで女将さんが手作りで、真心こめて作るものにやっぱり惹かれるんです。そうした味やおもてなしは、日本人の血のなかに脈々とあるもの。日本人が日本人として持っている感覚をなくしてはいけないと思っています」

お客様との懇親会を定期的に開催。積極的に人々の中に飛び込んで笑顔で会話、率直な意見に耳を傾ける。

こうして、日本発のハンバーガーチェーンとして不動の地位を築いてきたモスバーガーは、ほかにもファストフード業界にはない取り組みをいち早く進めてきた。国産や旬にこだわった安心・安全な食材を使うため、野菜の産地や生産者を一元管理することで、全国の店舗で国産野菜が安定供給できる仕組みを作ったり、農業生産法人を立ち上げて野菜作りをはじめたり。そうした取り組みは、ファストフードという枠を超え、外食産業のモデルにもなってきた。

「ここ十数年の外食産業の趨勢を見ると、全体の市場のパイはどんどんシュリンクしてきていて、数字で見ると7兆円くらい縮まっています。この7兆円というのはものすごい規模で、個人の小さな飲食店が20万軒くらい減っている計算になる。そのなかで、外食産業も、お客様の多様なニーズ、嗜好に合わせて、変わっていかないといけないんです。

2010年に、ミスタードーナツと業務提携し『MOSDO!』という新業態もスタートさせましたし、紅茶専門店『マザーリーフ』をはじめとする事業の多角化も進めています。とはいえ、本業であるモスバーガーのブランドづくりをいま一度考えています。

東日本大震災が起こってから、急激に、家族、親戚、地域といったコミュニティのあり方が大きく変わりました。人のつながりやありがたさ、近くにいる人を大切にしたいと思うようになったことで、あらためて、“人が集まる”コミュニティの場所としてモスバーガーを位置づけたい。ハンバーガーやドリンクを売るだけではなくて、そこにみなさんが集まれるような、そういった付加価値をもっとつけていきたいなと考えています」

生産者の顔が見える野菜がモスバーガーの魅力のひとつ。協力農家と野菜作りに積極的に取り組み、交流も欠かさない。

これらのモスバーガーの歩みを俯瞰してみると、常にお客様の立場に立って、想像することを大事にしてきている印象を受ける。外食産業だけでなく、どの業界にも不可欠な、その想像力を養うには「経験に勝るものはない」と櫻田社長はいう。

「大事なのは、どんな経験を積んできたか? 挫折、悲しい思いはもちろんですが、たとえば彼女にふられたとか、そういった経験さえも、自分のなかで知らず知らずのうちに、想像力の“引き出し”になっています。一生に一回の人生なので、つらいことも自分に与えてくれた試練、勉強なのだと受け止めてきました。私自身は、早くに父親を亡くし、生活が大きく変わったことが、今考えると良い経験につながったと思います」

「最近は、直接対話というものができにくく、インターネットを介した、ヴァーチャルなコミュニケーションが主流になってしまいましたが、人と話すことで感じる、言葉遣い、表情、態度を見ながら、“頭で”はなく“心”で感じるダイレクトコミュニケーションこそ、大事にしてほしい。会話力ではなく、対話力。人と話すことはすべて勉強になりますから」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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