ヒラメキから突破への方程式

プレスリリースを生き返らせた「PR TIMES」の10年

株式会社PR TIMES

代表取締役社長

山口拓己

写真/芹澤裕介 文/竹田 明(ユータック) | 2017.12.14

上場企業の約3割が利用するプレスリリース配信サービス「PR TIMES」。2017年でローンチして10周年を迎え、昨今はスタートアップに情報発信の場を提供し、他社との提携による地方自治体の情報発信を支援するなど社会問題への解決にも取り組んでいる。代表取締役の山口拓己氏に、この10年間で起きたプレスリリースの変遷を聞く。

株式会社PR TIMES 代表取締役社長 山口拓己(やまぐち たくみ)

1974年1月12日生まれ、愛知県豊橋市出身。1996年4月、新卒で山一證券入社後、1997年4月ガルフネットコミュニケーション、1999年、デロイトトーマツコンサルティングを経て、2006年3月、ベクトルに入社。取締役に就任し、上場準備責任者としてIPOへ向けて指揮を執る。2009年5月、PR TIMES代表取締役就任。2016年3月、東証マザーズへ上場を果たす。

素人同然のリーダーが立ち上げた「PR TIMES」

プレスリリースは、例えて言うなら企業や公共団体、地方自治体などが、新聞や雑誌、テレビ、ウェブメディア向けに送る手紙のようなもの。記事や番組内で取り上げてもらうために「新しい商品が出ました」「こんなイベントを開催します」といった情報を届けるのだ。

記事や番組で取り上げてもらえば、商品やサービス、取り組みなどを、広告費をかけずに広く周知することができる。しかし、広告とは異なり、プレスリリースを送ったからといって必ずしも記事になるわけではない。ニュースとして取り上げるかの決定権は、もちろんメディア側にある。

インターネットの登場とともに、プレスリリースを届ける方法はFAXやDM(リーフレット)からEメールやネット配信へと移行していったが、2007年にスタートした「PR TIMES」は、まさに新しいプレスリリース配信代行サービスの先駆けとなった。

プレスリリース配信サービス「PR TIMES」

2007年4月にサービスを開始した「PR TIMES」は、プレスリリース(発表資料)をメディア記者向けに配信し、合わせて自社で運営するウェブサイトおよび全国紙のウェブサイトなど、110を超えるパートナーメディアにも掲載するサービスを提供。利用企業数は2017年11月に2万社に達し、国内上場企業の約30%が利用している。また、月間配信本数も同年10月に過去最高の9271本を記録。大企業からスタートアップ、地方自治体まで導入・継続しやすいプランと、一般消費者にも閲覧・シェアしてもらえるコンテンツ表現力で支持を集めている。

同社の代表取締役・山口拓己氏は、設立当時をこう振り返る。

「プレスリリースは昔から続く商習慣でありながら、『プレスリリースを作っても記事にならない』という認識が広がっていました。そんななか、『PR TIMES』の前身であるサービス『キジネタコム』は、ウェブサイトを介して企業広報とメディアをマッチングさせるサービスを目指して立ち上げられました」(山口氏)

配信しても記事にならないプレスリリースの問題点を解決するべく立ち上げられた「キジネタコム」だったが、ビジネスモデルが無く、マネタイズどころか十分な数の“ネタ”を集めることもままならなかった。そこで一度サービスをクローズし、ビジネスモデルやコンセプトを練り直して立ち上げられたのが「PR TIMES」だ。

「2006年にPR TIMESの親会社であるベクトルにIPOの責任者として加わった私は、会社の業績を回復させる必要が生じた関係で『キジネタコム』を作り直す指揮を執るとることになりました。しかし、PRの世界では素人同然だったため、現状把握から始め、プレスリリースの成り立ち、本来求められている機能など、基礎まで掘り下げて知識を習得し、ゼロから考えられるようにしました」(山口氏)

“価値が無いもの”に成り下がっていたプレスリリース

山口氏はプレスリリースの問題点を洗い出すなかで、「メディア」を介して「企業」と「生活者」を結ぶものであったプレスリリースが、いつの間にか企業からメディアへの一方向の情報伝達手段と化していることに気がついた。

プレスリリースは企業とメディアの間でのクローズドなコミュニケーションツール、要するにただの報道機関向け素材資料になってしまっていたのだ。メディアに取り上げられることの無いプレスリリースは、企業にとっても“価値が無いもの”となっていた。

「本来の役割から考えた場合、プレスリリースは、宣伝という小さな枠でパブリシティを獲得するためだけのツールではなく、企業や公共団体などが自分たちにとって“大切な人たち”に情報を届けるための貴重なコミュニケーションツールなのです」(山口市)

プレスリリースを再び企業と生活者をつなぐツールに戻すにはどうすればいいのか? 山口氏とPR TIMESのメンバーが行きついた答えが、ウェブサイト「PR TIMES」の開設だった。集めたプレスリリースをメディアへ配信すると同時に、自社のウェブサイトにも掲載して一般の人も読めるようにすれば、プレスリリースは原点である“企業と生活者をつなぐツール”に回帰し、本来持っていた可能性を取り戻せると考えた。

しかし、「プレスリリースはつまらない」というのが当時の定説。記事用の資料として作られているため、企業が発信したい情報がただ並べられているだけで、文章も味気なく、決して読み物として楽しめるようなものではなかった。

「2007年のサービス開始時には、無料プランがありました。フリーミアムが流行った頃で、無料プランでクライアントを集め、その中から従量課金の3万円にアップセールスする手法を考えていました。ところが、無料プランで集まるプレスリリースは質の悪いものが多く、『PR TIMES』自体の価値を下げてしまうことに気がつき、半年で無料プランを廃止しました。利用者数は大きく減りましたが、これで『PR TIMES』の方向性が定まりました」

有料でプレスリリースの配信を希望する企業だけが『PR TIMES』に集まり、その結果、プレスリリース自体の質も向上。徐々に生活者の目にもとまるようになり、プレスリリースを作成する企業は読者の視線を意識するようになった。こうして少しずつプレスリリースは“価値ある情報”へと進化し始める。

「PR TIMES」

クライアントの切磋琢磨で進化

2010年~2011年にかけて、「PR TIMES」の成長を後押しする出来事があった。新しいSNSの登場だ。mixiに代表されるように、それまでのSNSはクローズドで、プライベートな情報を一部の人に知らせるものだった。しかし、FacebookやTwitterの登場により、ユーザーは世の中の事象全般をシェアするようになった。その流れの中で、「PR TIMES」を利用する企業の情報も広まるようになり、元ネタとしてプレスリリースの重要性が格段に上がった。

「スマートフォンの普及で、検索頻度が上がったのもプレスリリースには良い流れでした。そのおかげで、ストック型のコンテンツだけでなく、ニュースのようなフロー型の情報も選ばれるようになり、プレスリリースも必要な情報として読まれるようになりました」(山口氏)

企業もプレスリリースの価値を見直すようになり、生活者が必要としている情報や、読んで楽しいプレスリリースを作る工夫をするように。そして、企業のPR担当者が、他社のプレスリリースを参考に自社のプレスリリースを見直し、切磋琢磨する環境が作られていった。こうしてプレスリリースが生活者に届くようになっていった。

「『PR TIMES』はクライアントに恵まれました。昔は文章だけの簡素なものでしたが、画像や動画の活用をクライアントが自ら推進し、報道資料としてのプレスリリースではなく、生活者が読んで楽しめる情報へ進化していきました。『画像をたくさん準備する』『動画を撮影する』というのは、クライアントからすれば手間とコストがかかると思いますが、プレスリリースの情報価値やコンテンツ価値が高まり、より多くの生活者が『PR TIMES』を訪れてくれるようになり、プレスリリースの存在自体が見直されました」(山口氏)

インターネットテクノロジーを活用して、“価値の無いもの”とされていたプレスリリースの眠っていた価値を掘り起こした「PR TIMES」。しかし、2017年に同社が明文化したミッション「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」を実現するまでは、まだまだ長い道のりだという。

「当社のクライアントはプレスリリースを配信・掲載してくれる企業。しかし、ユーザーとして大切にしているのは生活者です。『PR TIMES』を通じて触れたニュースで、生活者の心が揺さぶられたり、熱くなったりする場面が毎日そこかしこで起こるような社会、時代にしたいと思っています」(山口氏)

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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