ベンチャーをサポートする法知識[6]

【ベンチャー企業法務】SO(ストックオプション)の活用法~優秀な人材確保~

GVA法律事務所

弁護士

鈴木 景

編集/武居直人(リブクル) | 2018.07.04

資金力に乏しいベンチャー企業が成長していく際に、優秀な人材をどのようにして確保するかは極めて悩ましい問題です。ベンチャー企業が提供できる報酬の額からすると、自社にとって魅力的なスキルや人脈をもつ人材に対して、総じて前職の給与からはダウンした金額提示となることが通常だからです。

一方、ベンチャー企業が内に秘める成長への「期待値」をうまくキャッチアップしてもらえれば、一時的に収入が減ったとしても自社に魅力を感じジョインしてもらうことができるかもしれません。今回は自社の期待値を具体化する手段としてのSO(ストックオプション)について、その種類や活用方法をまとめて紹介します。

GVA法律事務所 弁護士 鈴木 景(すずき けい)

2009年弁護士登録。都内法律事務所、企業法務部を経て、17年、GVA法律事務所に参画。ベンチャー企業のビジネス構築や、国外進出、企業間のアライアンス等を法務観点からサポートしている。

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■SO(ストックオプション)とは何か

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まず前提として、SOについてご案内します。SOとは「ストックオプション(StockOption)」の英単語の一部を冠した呼び方で、新株予約権の一形態です。

これをもう少し具体的に説明すると「●●円(行使価額といいます。)を支払えば、株式を発行してもらえる権利」ということになります。この権利を行使する時点の株式の時価が、行使価額よりも割高だった場合(つまり、会社が成長している場合)には、時価と行使価額の差額分だけお得に株式を取得でき、さらにその株式を市場で売却することで利益(キャピタルゲイン)を得ることができる、という仕組みです。

ストックオプション

このSOは、「発行価額=SOをもらうときに払う金額」や行使価額、行使条件を調整することによって、様々な使い方がされています。

 

■SOの人材招へいに向けた活用方法

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(1)外部人材招へい目的での活用

ベンチャー企業の成長次第では、株式の価値が当初の数百倍になるようなことも珍しくなく、ベンチャー企業としては、優秀な人材候補に対しストックオプションを付与することで、将来のキャピタルゲイン獲得を見越し、自社へのジョインの呼び水とすることがあります。

(2)内部人材に対するインセンティブ付与目的での活用

ベンチャー企業の人材難は、外部人材の招へいという観点にとどまらず、従業員や経営陣についても同様のことがいえます。給与・報酬面で手厚い待遇ができない場合も多いですし、自社への不安感に起因する仕事に対するモチベーションの低下というネガティブな要素を抱えることになりがちです。

そのような事態を解消するための施策のひとつが、内部人材に対するSOの発行です。内部人材に対してSOを付与することで、経営陣とともに自社の成長に取り組むためのインセンティブとすることが見込まれています。

 

■SOの課題「課税問題」とその対処法

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SOはキャピタルゲイン確保の手段としては極めて魅力的なのですが、一方で見落としてはいけない課題も存在します。それが課税の問題です。

詳細は別論に譲りますが、従業員等の個人がストックオプションを受取る場合、所得税法の原則では、まずその権利を行使して株式を取得した時点で、取得時の時価(例えば1株あたり2,000円)と行使価額(同500円)との差額(2,000-500=1,500円)が「給与等所得」として取り扱われ、これに対して所得税が課されます。さらに取得した株式を売却(譲渡)した場合には、売却価額(同3,000円)と取得時の時価の差額(3,000―2,000=1,000円)について譲渡所得としての課税が生じます。

ここでのポイントは、取得時の課税、すなわち「実際には株式を取得した時点でキャピタルゲインを得られるわけではないのに所得税の支払義務が発生してしまう」という点が極めて重要なポイントです。会社が成長していればいるほど、取得時の時価が高騰していますので、実際に利ざやが現金化されていない時点で巨額の税務リスクを負うことになりかねません。その後の売却価額次第では所得税の支払によって実際のキャピタルゲインが大幅に目減りしてしまうこともあり得るのです。

このような本末転倒な事態を生じさせることなく、SOを従業員等のインセンティブとして機能させるために、法令上、一定の要件を満たした場合に課税時期を株式の譲渡時まで繰り延べることができる制度が用意されています。ここではその一定の要件を満たして発行されたSOのことを、一般的に「税制適格SO」と呼んでいます。現在ベンチャー企業の多くは、この税制適格SOを活用することで、人材確保に努めているといえます。

 

■税制適格SO発行の留意点

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以上のとおり法令上、税制適格SOを発行するには、いくつか充足するべき要件があります。詳細は割愛しますが、特に重要と思われるものを挙げると、以下の5項目があります。

①SO自体は無償で発行すること

②SOの権利行使は、SO付与を決議した日から2年を経過した日から付与決議の日から10年を経過する日までの間に行わなければならないこと

③権利行使価額は、付与契約締結時点の時価以上であること

④付与対象者は発行会社やその子会社の取締役・執行役・使用人等であること

⑤付与決議日時点で大口株主等(未公開会社の場合は発行済株式の1/3超の株主)でないこと

個別の条件で気にしておきたいところはまず②についてです。SO行使には期間の制限があり、一定程度長期間保有している方でないと行使ができません。また③については、SO付与時の1株あたりの時価が例えば1,000円であれば、SOの行使価額は1,000円以上としなければなりません。付与対象者にメリットを享受させる観点からは、時価=行使価額とすることが多いです。

次に④についてです。ここでは、付与対象者に監査役が含まれていないことがポイントで、いわゆる「顧問」「アドバイザー」のような外部サポーターや監査役に対しては、税制適格SOを付与することはできません。また、⑤であるように、会社株式の多数をもついわゆるオーナー株主の方などは税制適格SOの恩恵を受けることはできません。

以上のように、税制適格SOを発行・付与するにあたっては細かい点で留意すべき点が少なくなく、発行後の是正は極めて困難です。検討や対応については、弁護士等の専門家にご相談することをお勧めいたします。

 

■SO付与のあらたな形

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ここ最近ベンチャー企業の間で税制適格SOと並ぶ新たな仕組みSOが登場し、活用され始めています。「信託型SO」、「信託SO」などと呼ばれるこの方法について、最後に簡単にご紹介します。

税制適格SOの硬直的な側面のひとつが、「付与対象者が限定的である」という点です。今後ジョインするかもしれないという方や、外部サポーターの方にも付与したいという需要には十分に応えられていませんでした。また、税制適格SOの場合、付与対象者への期待値に応じて付与されることになりますが、その付与対象者が期待に添わない活躍しかしなかった場合、会社は結果として過剰にSOを発行したことになり、資本政策上、あるいは付与対象者間の均衡の観点からも好ましくない事態が生じることになります。

このような課題感に一定程度応えているといわれるのが信託SOです。大まかに説明すると、会社がまず、特定の人物を受託者とする新株予約権(SO)を割当て、一定のルールに従って付与対象者に対して割り当てられたSOを交付する、という仕組みで構成されています。「一定のルール」をどう構築するかなど会社の選択肢が幅広いといわれており、すでに上場企業を含む複数の会社で導入されていますが、税制面含め制度設計には慎重を期すべきで、こちらも専門家への相談が欠かせないものとなりそうです。

 

■まとめ

ここまでみてきたように、ベンチャー企業にとってSOは、限られた経営資源を有効活用する手段として重要な機能を果たしうるものである反面、その取扱いは極めて慎重にすべきものといえます。

またSO付与後も、付与対象者の退社に伴う事務処理など、細かい管理が要求される点も見過ごせません。ベンチャー企業にとってSOは、経営戦略や人事戦略、出口戦略などを踏まえた総合的な視野から導入の是非を判断いただくと、その効用がより明確になるのではないでしょうか。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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