スーパーCEO列伝

ネット風評被害をマネジメントする“守りのPR”の本質とは

株式会社ブランドクラウド

代表取締役

井原正隆

写真/伊藤 圭 文/伊藤 あきら(C&A) イラスト/野中聡紀 | 2018.12.10

ネットで拡散された情報の対処を誤った結果、大きな損失につながってしまった企業の例は少なくない。総合PR会社ベクトルグループ傘下のブランドクラウド社(旧ブランドコントロール社)では、そんな被害から企業を守るため、“守りのPR”ともいえるコンサルティングサービスを提供している。ここでは“ネット上の風評被害”について、その現状と対策を代表の井原正隆氏に語ってもらった。

株式会社ブランドクラウド 代表取締役 井原正隆(いはら まさたか)

1981年生まれ。アメリカの南カリフォルニア大(USC)医学部卒。在学中にモバイルゲーム会社を仲間と起業し、大手ゲーム会社に売却。日本に帰国後、アクセンチュア株式会社に入社しITコンサルティング業務に携わる。2008年ORM(オンライン・レピュテーション・マネジメント)会社を設立、13年にはブランドクラウド(旧ブランドコントロール)を設立し、現職に至る。

ネット上の風評被害における対処法は“正しく情報を整理”すること

企業の風評被害リスクはブランド力のある大企業だけの問題ではない。中小零細企業であっても、ネット上にネガティブな情報が書き込まれ拡散されてしまえば、経営にまで大きな影響を及ぼす。特に影響が大きいと考えられるのは人材採用のケースだという。

求人倍率が高まり、売り手市場といわれる現在、ネット上の情報は求職者にとって企業を選択するための大事な指標となる。ここにネガティブな情報が書かれてしまうと、優秀な人材の確保が一気に難しくなってしまう。それを防ぐためにも、風評被害にはいち早く対処する必要があるのだ。

例えば、ある家電メーカーが新型の掃除機を発売。発売当初の売れ行きは順調だったが、ネット掲示板に「吸引力が弱く、ゴミを吸わない!」という事実とは異なる書き込みがあり、これがSNSで拡散されてしまったというケースを例にとってみよう。

「書き込みの削除要請をしようか……」「メーカーの公式サイトからコメントを出すか……」など、担当者が対処法を考えているうちにも情報はどんどん拡散。商品に対する信頼の低下は会社そのものへの信頼低下につながり、売上はもちろん人材採用にも影響が出始めてしまった。

ネット上の風評被害リスクから企業を守るためのコンサルティングサービスを提供するブランドクラウド(旧ブランドコントロール)では、このような風評被害に対して、どのような対処が取られるのだろうか。

「最初にやることは、その掃除機の吸引力に関するエビデンスとなる情報、実際にその掃除機がどのくらいゴミを吸うのかというファクトベースのデータを収集することです。それは大学の研究結果でもよいですし、実際に掃除機を使っているYouTuberの動画などでもよい。まずはエビデンスとなる情報がネット上にないかを調査するところから始めます」(井原氏、以下同)

ネガティブな情報はとりわけ大げさに誇張されて書かれることが多く、本当に正しい情報は何なのかをきちんと把握することが重要なのだという。

「エビデンスを発見したら、次に多くの人に認知されるよう情報を整理します。エビデンスとなる正しい情報がネット上に存在していたとしても、一般ユーザーが検索した際に表示されて目につかなければ存在していないに等しいのです。その情報の中でマーケティング的に足りない要素を分析した上で、加えていくという作業をひたすら繰り返します。

こうして情報を整理することで、正しい情報を『ネット上の目につきやすい(見られやすい、視認率の高い)場所』に表示させる。ネガティブな情報は中和され、中立で正確な情報がユーザーに正しく伝わるのです」

では、一度拡散されたネガティブな情報は、その後どうなるのだろうか。

「完全に削除することは難しいといえます。よく、弁護士に依頼して情報を削除できないだろうかとおっしゃる方もいるのですが、最初の段階ではこの手段はおすすめできません」

もちろん、弁護士と協力して情報を削除するケースもある。しかし、その前に対応すべきことはたくさんあるのだと井原氏は言う。

「弁護士というカードの使用は、相手に争う意思を見せるということです。企業が争う姿勢を見せると、それに敏感に反応するネットユーザーは多いため、さらに炎上するリスクが必ず出てきます。よって、そのタイミングは見極める必要があるのです」

 

事業スタートのきっかけは企業イメージに対する予算への着目

ブランドクラウドでこれまで取り扱ってきた企業件数は400社を超え、業種も金融や不動産、IT企業など幅広い。また、企業だけでなく国家からもサイバーセキュリティ対策の要請を受けるなど、その実力は広く認められている。もともとはプロゲーマーを目指しゲーム会社まで設立していた井原氏だが、なぜ全くの異業種である風評被害マネジメントを行う同社を設立したのか。

「大学2年の時にゲーム会社の初期メンバーとして、その会社を日本のゲーム会社に売却したんです。当時の私は『自分はなんでもできる』みたいな万能感を持っていました。しかし次に新しく会社をつくった時は、経営がうまくいかず頓挫してしまったんです。なぜ失敗したのか原因を考え、行き着いた先にあったのは“一人よがり”のサービスを提供していたということ。もっと社会に求められるサービスを提供する会社をつくるべきだったということでした」

その後、2013年に日本で新しく会社をつくるにあたり井原氏が行ったのは、企業へのヒアリングだった。100社以上へインタビューを行い、経営陣がどの分野の活動を重視しているのかを調査したのだ。

「とりわけ広報活動はブランディングや企業イメージに直結するため、多くの企業が予算配分を含めて重視していることがわかったのです。そこにビジネスチャンスを感じ、企業のブランドイメージに携わるサービスを提供しようと考えました。現在、提供している風評被害マネジメントサービスはここから始まったのです」

 

スマホ普及による風評被害の増加にビジネスチャンスを見出した

ブランドクラウド社代表の井原正隆氏。

「スマートフォンの普及は社会に様々な変化を与えた」と井原氏は語る。老若男女問わずネットにアクセスできるようになり、生活におけるネットへの接触率は明らかに高くなった。また、SNSを中心としたサービスも拡大し、個人が情報を発信することが容易になった。これにより企業のリスクも大きく変化したという。

「スマホの普及は企業がネット上の情報に敏感にならざるを得ない状況をつくりだしました。というのも、ネットの情報がそのまま企業のブランドイメージにつながるからです。また、InstagramやYouTubeなどのサービスも拡大し、個人が発信する情報が文字だけでなく写真や動画などへと変化しました。これまで伝えきれなかった情報が伝わりやすくなったという利点もありますが、ネガティブな情報も拡散されやすくなったのです。

ネガティブな情報は通常の情報に比べて3倍以上の拡散力があります。心理学に『ザイアンスの法則』というものがあり、これは、人は同じ対象(情報)に繰り返し接触すると、親しみ(信頼)を覚えるというものです。つまり、拡散しやすいネガティブ情報はそれだけ接触回数も上がり、真実と思われやすいのです。にもかかわらず、企業は目まぐるしく変化していくネットのスピードに追いついていないのが現状です」

企業がどれだけ気をつけていたとしても、ネット上でネガティブな情報は必ず出てくる。やっかいなことに、発信されるネガティブな情報は大げさに伝えられているケースも多く、その拡散スピードは非常に早いという。

 

ブランドクラウドが提供する“守りのPR”の本質は“情報の中和”

ネガティブ情報への対処法を掘り下げるべく、冒頭の家電メーカーのケースとは別の例をみてみよう。ある企業が数年前に不祥事を起こした。ネットでその企業名を検索すると、ネガティブなサジェスト(「〇〇社 不祥事」のように、検索需要が高い別のワードがセットで表示される機能)が表示されてしまう。当然、検索結果の上位もその不祥事に関する情報ばかり。こんな場合、どうすればよいのか。

「すでに解決した不祥事であったとしても、ほとんどの人は検索結果上位に表示される情報(検索関連ワードやサイト)が正しいと認識してしまいます。先に述べたように、人は同じ情報に何度も接触すると嘘の情報であっても信じてしまうからです。よって、時間が経過しても、その企業のイメージは常に不祥事というレッテルが貼られたままとなってしまい、様々な面で悪影響を及ぼすこととなります」

企業の中にポジティブな要素がたくさん存在していたとしても、それが認知されなければ意味がないと、井原氏は続ける。

「今回の例でいえば“不祥事”というネガティブな情報に対し、ポジティブな要素を加えて情報を整理することで“この企業は良いところもあるんだ”という印象に変化し、時間が経つごとに企業のブランドイメージが正しく伝わるようになります。

情報を正しく整理する。家電メーカーの事例と繰り返しになりますが、これが私たちブランドクラウドが行っている“守りのPR”の本質です」

ネット掲示板やSNS、検索結果など、テクノロジーや情報の種類に大きな変化があったとしても、風評被害マネジメントのこの本質については一切変わることがないという。

「新しい媒体やSNSの台頭など、技術的な面では私たちのサービスにも変化は常に求められています。ただ、提供するサービスの本質的な部分はまったく変わりません。風評被害マネジメントの本質は、情報をきちんと整理しバランスを整えることで、ネガティブな情報への接触率を減らすということ。この本質さえ外さなければ、ネット上のテクノロジーがどれだけ進化しても、やるべきことは変わらないのです」

 

情報収集・整理のハードルを下げたベクトルグループ参画によるシナジー効果

企業がネット上のリスクに対して関心を持つようになり、ブランドクラウドの売上げも順調に推移。2017年末、ブランドクラウドはPR会社であるベクトルグループへの参画を決めた。何か決め手はあったのだろうか?

「顧客のブランドを守るブランドセキュリティという点では、私たちのシステムの完成度はすでに95%のレベルになっていました。ですので、ここから100%のサービスをつくり上げていくのではなく、より多くの人に利用してもらいたいと考えたことが大きなきっかけです」

また、参画する決め手となったのはPR会社ならではのシナジー効果が大きいと井原氏は答えた。

「ベクトルグループはPR会社ということもあり、日々様々な企業の情報が集まってきます。それらの情報は文字だけでなく写真や動画なども含んでおり、こちらで探さなくても情報を整理するためのリソースが最初から手元にあるというのは、非常に魅力的だと感じました。また、情報発信力があるというのも大きい。

これまでは企業のポジティブな情報を集めるために時間をかけてリサーチを行い、それらを整理してからようやく情報を発信、というフローを踏んでいたので、どうしてもタイムラグが生じていました。しかし、今ではベクトルグループが保有している情報伝達インフラを活用し、整理した情報をすぐに拡散できる環境にあります。

それも文字だけでなく、動画や絵・写真など、様々な情報を色んな角度から伝えることができるのです。このような情報量の多さや質、PR会社ならではのシナジーを勘案し、ベクトルグループへの参画は非常にメリットが大きいと判断することができました」

グループ内のリソースを利用することで、ブランドセキュリティのシステムに関するAI(人工知能)の精度が大きく向上していることもメリットとして挙げている。受注量もベクトルグループに参画したことにより拡大したため、今後提供していくシステムの精度は飛躍的に高まる、と井原氏は期待のこもった表情を見せた。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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