スーパーCEO列伝

“鎌倉”だけにフォーカスした不動産会社に聞く、ニッチ市場で成功する方法

鎌倉R不動産株式会社

代表取締役

小松 啓

文/藤堂真衣 写真/二條七海 | 2019.11.27

「ニッチな市場でトップをとれ」とはよく聞かれるが、規模の小さい市場はターゲットの設定が難しかったり、独自性が必要であったり、実際にビジネスを成立させるのは難しい。

「鎌倉R不動産」は、神奈川県の鎌倉・湘南という限られたエリアに市場を絞り、さらに特徴的な物件だけを仲介するまさにニッチ市場で商いする企業。小松啓代表に、なぜ鎌倉という土地に着目したのか、また、小さな市場でビジネスを成功させるのに必要なことは何かを聞いた。

鎌倉R不動産株式会社 代表取締役 小松 啓(こまつ あきら)

1980年生まれ、東京都出身。理工系大学の建築学科を卒業後、住宅系不動産会社と東京R不動産での仲介営業職を経験。その後、設計職を志して入所した設計事務所を経て、稲村ケ崎R不動産(現・鎌倉R不動産)へ。2017年5月より鎌倉R不動産代表取締役に就任、現在にいたる。

不動産仲介業、設計職を経て「鎌倉R不動産」へ

──貴社では鎌倉・湘南エリアの物件を扱われていますが、かなりエリアを絞った事業展開ですね。

小松 鎌倉・湘南エリアにフォーカスした不動産仲介業をしています。現在は売買や賃貸の仲介に加え、契約者様の依頼を受けて一緒にリフォームや改修をしたり、リノベーションをしたりといった事業もしています。

R不動産は全国9カ所に展開していて、鎌倉R不動産もそのひとつ。「R」は「REAL」の頭文字で、物件の隠れた魅力や、反対に“弱点”ともいえるポイントも掘り起こし、物件の“リアル”な姿と市場のリアルなニーズのマッチングをサポートするのが「R不動産」の主な事業内容です。

そのため、R不動産ではちょっと変わった特徴のある物件も多く扱っていて、鎌倉R不動産でも例えば「海に近い」とか「古民家」などのように、買ったり借りたりするのに少しハードルを感じる人もいるような物件が多いです。反対に、そういう物件を探していた!という人も多いですが。

──小松代表自身、経営者になるまでのキャリアはどのようなものだったのですか。

小松 僕は経歴が多くて(笑)、新卒で入社したのはいわゆる典型的な不動産会社で、物件の仲介業をしていました。建築を学んだのに、やっている仕事は営業職……。目標とのギャップを感じながらも働いていましたが、3年ほどで退職して、西日本を巡る旅に出たんですよ。有名な建築を見たり、美術館巡りをしたりしていました。そんな日々で、鎌倉R不動産の提携元である東京R不動産が面白いな、チャレンジしたいなと感じるようになったんです。

大学で建築を学んでいたこととそれまでの経験で、一見するとボロボロの家でも「リノベーションできるな」とか「カッコよく見せられるぞ」というのがわかるようになっていて。東京R不動産はそういった物件を多く扱っていたので、面白さを感じました。

東京R不動産 ホームページより

──東京R不動産では、目標とのギャップは埋まったのでしょうか。

小松 ただ建築設計職を志すよりも、もう少し“建築”の楽しさを味わえる会社に行こうと思ったんです。いざ入社してみると、僕以上の“建築マニア”がたくさんいて(笑)。普通、建築好きな人がよくチェックするのは著名な建築家が設計した大企業の本社ビルや公共施設などが多いのですが、東京R不動産は集合住宅も守備範囲なんです。みんなで「あそこにあるマンション、建て方がいいね」なんてマニアックな会話が飛び交う環境でした。そこでは目黒や目白、吉祥寺などのエリアの物件を担当していました。

“面白いモノ”を求める声にビジネスチャンスを見つけた

──東京R不動産から鎌倉R不動産の前身である稲村ケ崎R不動産へはどのような経緯で移動されたのですか?

小松 実は東京から稲村ケ崎へのスライドではなく、一度「やっぱり建築もやっておきたい!」と設計事務所でアルバイトをする期間を挟みました。といっても1年半程度です。そこでは設計に携わることもできて、チャンスも多かったのでそれで建築設計への情熱が満たされてしまったのかもしれません。割とすぐ不動産に戻りたいと思うようになりました。

東京R不動産にいたころから、稲村ケ崎R不動産の創業者で現在は鎌倉R不動産の取締役でもある藤井健之とつながりがありました。稲村ケ崎は特に売買物件が魅力的で、いわゆる「R不動産らしい」物件も豊富でいいなと思っていたところ、タイミングよく声をかけられ、稲村ケ崎R不動産に参加することになりました。

──それを機に都内から鎌倉へ移住。小松代表にとって、鎌倉はどんなところですか?

小松 都内への通勤アクセスや生活利便性に対するイメージから「移住はちょっと……」と敬遠されがちですが、やはり住んでみると面白いエリアです。

クリエイターやアパレル関係の人も多くて、意外な出会いもありますし、そうした人たちの家もやっぱりカッコいい。どうやって見つけたのかというと、知り合いのアーティストからの紹介だったり、直接譲り受けていたりというエピソードをよく聞きます。

仲介物件の例 写真:鎌倉R不動産

例えばデザイナーさんやアーティストって、自分の家も面白くしたいという人が多い。だから“普通じゃない”家が好まれますし、そういった物件も比較的多く、立地もいいので単価も高めです。そうすると、ビジネスとしても成り立つんです。

ただ、それをとりまとめて仲介している不動産会社というのはやっぱりほとんどない。人気のエリアですから仲介業者はたくさんいるのですが、“面白いモノ”を探している人たちのニーズを満たすような物件に特化した会社はなくて、稲村ケ崎R不動産に入ったときもそこにチャンスがあると感じました。

「移住の0.5歩め」で出合う、鎌倉を軸にしたゆるやかな人間関係

──海が近く、緑豊かで情緒のある鎌倉は確かに憧れの場所ではあると思いますが、やはり実際に住む場所として検討する人は少ないのではないでしょうか?

小松 僕は、完全に遠くへ拠点を移すのを移住の第一歩だとするなら、それよりも少し控えめな「移住の0.5歩め」と言っているのですが、東京に片足を残したままでも、鎌倉であれば踏み込むことは十分できます。鎌倉から都内への通勤も決して非現実的なことではないんですよ。新宿までは、湘南新宿ラインで約1時間ですから。

それだけでも、一気に世界が広がるんです。鎌倉には東京から移住した人も多いので、都内ではどこに住んでいたとか、そういった話から仲間がどんどん増え、つながりが広がっていきます。

出会う人のキャラクターも本当に豊か。学者やクリエイター、医療関係者とバラエティに富んでいますが、都内で普通に生活していてもまず出会うことはないでしょう。それが“鎌倉”という軸を通して出会っているので、価値観が近いという安心感がありながらも、これまでに出会ってこなかった職業やバックグラウンドの人とつながることができる。これが鎌倉という土地の持つ大きな魅力ではないでしょうか。

ちなみに「移住の0.5歩め」を踏み出すと、多くの人は東京へ通勤しなくていい働き方を考えるようになるんです(笑)。居心地が良いので、鎌倉を離れたくなくなるんですよ。

ニッチな市場では“高付加価値”であることが必須

──市場を絞り込んでいる分、売上につながるチャンスが少ないのではと感じるのですが、収益は順調ですか?

小松 相談いただく件数や成約件数などを見ると、他の不動産会社とさほど変わらないと思います。ただ、当社へ直接「物件がないか」とご相談いただいたお客様の成約確度はやはりとても高いですよ。

新規でサイトに掲載するものだけで月に15件前後あります。こちらは「より良い形で引き渡したい」という思いが強くなって、建築チームを立ち上げました。「売って終わり」ではなく、傷んでいるところを手直ししたり、もっと見栄え良く整えたりといったお手伝いができるようになり、効果を上げています。サポートするなかで仲良くなったお客様の家に遊びに行くこともあるんですよ。

リノベーション物件の例 写真:鎌倉R不動産

──鎌倉R不動産の物件情報は築年数や立地といったハード面だけでなく、どんな風に住むことができるか、も伝わってきます。これも戦略のひとつですか?

小松 そうですね。売主からしっかりとヒアリングをして、写真やテキストもこだわっています。そのおかげか、不思議なことに当社はリピーターがとても多いんですよ。住み替えの際にも「またお願いします」と来ていただける関係がつくれています。

ニッチな市場でのビジネスは、やはり高い付加価値があるからこそ成立するものです。ですから僕たちもお客様の求めるレベルに応えられるだけの力を磨いておく必要があるので、物件選びの目を鍛え、常に感度高く仕事をせねばという緊張感はあります。

──今後、鎌倉エリアにどのように盛り上がってほしいと思いますか?

小松 移住を考える人も増えて、観光地としても人気が出て盛り上がっているのはうれしい反面、不安でもあります。単価も高いエリアなので、つまり収益率はとても良いエリアなのですが、それだけに大きな資本で買いたたかれてしまうと、鎌倉の魅力は失われてしまうのではと思います。

僕たちが提供したいのは、“鎌倉暮らし”としての高い価値。だから「別の街にあっても違和感がない」ような建物が乱立してしまうのは避けたいですね。でも反対に、鎌倉の魅力や今ここにあるステキな文化を残しながら、一緒に何かしたいという前向きな変化は受け入れていきたい。それがきっと鎌倉の魅力をさらに高めてくれるはずですから。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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