スーパーCEO列伝

“濡れない体験”を届けるシェア傘で社会はどう変わる?

株式会社Nature Innovation Group

代表取締役

丸川照司

文/笠木渉太(ペロンパワークス)  | 2020.12.01

国内における傘の消費量は年間1億3000万本にものぼり、そのうち約8000万本はビニール傘が占めるといわれている。ビニール傘はその手軽さから使い捨てられることが多く、傘の不法投棄が社会問題として取り上げられることも珍しくない。

そのような状況に一石を投じたのが、日本初となる傘のシェアリングサービス「アイカサ」だ。1日70円でレンタルでき、利用に必要なのはスマホと、クレジットカードなどの決済情報のみ。駅や店舗に設置された傘立て(アイカサのレンタルスポット)にスマホをかざして傘を借り、返却は借りた場所とは別の傘立てで構わない。

アイカサを提供するNature Innovation Groupの代表、丸川照司氏(以下、丸川氏)は「雨の日のライフスタイルを変えるサービスを目指している」と話す。生活に深く根ざす傘のあり方が変化すると、我々の日常だけでなく、社会にどのような影響をもたらすのだろうか。

株式会社Nature Innovation Group 代表取締役 丸川照司(まるかわしょうじ)

台湾と日本のハーフ、シンガポールなど東南アジアで育つ。18歳の時にソーシャルビジネスに興味を持ち、社会貢献度の高いビジネスを目指すように。19歳の時に子ども目線の反抗期カウンセラーとして活動し、その後マレーシアの大学へ留学。在学中に中国のシェア経済に魅了され、自身の経験を活かし、傘のシェアリングサービスを思い立つ。現アイカサ代表。

突然の雨に”傘”そのものが欲しい人はいない

急な雨に降られ、コンビニで傘を買う。1本あたりの価格は600円前後。家に帰ると同じようにして購入した傘が何本もある……。そのような経験がある人は少なくないだろう。現に、丸川氏が傘のシェアリングサービスに着目した背景にも同様の体験があった。

「天気予報を見ずに出かけて雨に降られて傘を買ったり、買わずに濡れて帰ったりしたことが結構あったんです。それが不便だったし、なにより家に何本もあるのに、わざわざ外出先で傘を買うのってすごい無駄なことだと感じていました。

そもそも予想外の雨で傘を買う人って傘自体が欲しいわけではなくて、濡れたくないから買うのが大半だと思うんです。もっと濡れない体験という部分だけを届けられた方が、持ち帰って邪魔になることもないし、節約にもなってユーザーはハッピーになれる。そのうえ、無駄な傘の消費も減らせるはずだと思ったのがきっかけですね」

「ユーザーに濡れない体験を届けたい」「傘の廃棄を減らしたい」という丸川氏が抱いた2つの思いから、傘のシェアリングサービスのスタートアップ企業となったNature Innovation Group。アイカサは都心や関西圏の鉄道網を中心に全国約800ヵ所で展開し、登録ユーザー数は16万人以上、2018年12月のローンチからわずか2年で急速にサービスを拡大させている。(2020年11月時点)

首都圏や関西圏を中心に展開。東京駅付近だけでも画像のように多くのアイカサスポットがある。

傘を借りたり返したりできるアイカサスポットは駅前や店頭など、目に入りやすい場所に多く設置されている。

持続可能なシステムを目指して

国内では初となる傘のシェアリングサービスだが、すでに中国では2017年に、複数の企業が提供していた。丸川氏はアイカサのサービスを設計するにあたって中国の事例を参考にしたというが、単にそのまま真似たわけではない。

「はたして既存の仕組みが最適かと考えると、そうでもないケースはたくさんあります。中国のケースを参考にしながら、改善できると思った点はどんどん変えていきました」

例えば、中国の場合サービスを提供する企業が10社以上あり、陣取り合戦の性格が強かった。必然として価格競争が激しくなり、肝心の傘に関しては大量生産、大量消費が当たり前だったという。

「しかし、それでは傘の消費削減という、根本的な問題の解決にはならないですよね。だからアイカサでは丈夫なしっかりとした傘を使うことに決めていました。ビニール傘を短いスパンで何本も使うより、丈夫な傘を1本長く使う方が環境にもコスト的にも合理的なんです」

サービス初期より、布地も傘骨もしっかりとした傘をメインに提供していたアイカサ。2020年6月には、リサイクル可能なオールプラスチックの傘などで知られる株式会社サエラと協業し、丈夫なだけでなくより環境に配慮した傘も開発した。新しい傘は釣り竿などにも使われることが多いグラスファイバーを骨組みに採用し、強度をアップ。骨を一本一本交換できる設計にすることで、使い捨てではなく長く利用できる構造となっている。

新しくなった傘は丈夫なだけでなく、先端の石突を平たくして安全を確保しているなどユーザーの使いやすさにも考慮している。

より多くのユーザーに使ってもらえるよう、同時期にアプリや傘立てのアップデートも行った。リリース当初はLINEのミニアプリだったが、現在は独立したアプリを開発。スマホを起動してからスムーズにアプリ画面へと移れるようになっている。傘立ては構造を一新し、収納効率が従来の1.5倍に。アプリをかざした時のサウンドも、傘を借りる体験が楽しくなってほしいという思いで一から選んだそうだ。

実際の使用画面。手順はアプリから傘立てのQRコードを読み取るだけと、ストレスフリーに傘を借りることができる。

また、多くのシェアリングサービスはシェアするアイテムを返却することが前提となるが、傘の使い捨て文化が根付いている日本において、傘を返してもらうのは一番の難点に思える。しかし、アイカサではサービス当初より100%近い返却率を達成していた。

「実は今までも多くの自治体や企業が、廃棄された傘を回収してユーザーが自由に利用できるサービスを行ってきました。ですが、無料で使える仕組みだとなかなか返してもらえず、仕組み自体もあまり普及しないだろうと予測がありました。

みなさん、レンタルビデオ店で借りたビデオはちゃんと返しますよね。もちろん、貸出期間を過ぎると延滞料金がかかってしまうから返すわけですが、アイカサも同じ心理を利用しているんです。24時間が過ぎると1日分の料金が加算される仕組みなので、ユーザーにとっては使わない傘を借りているメリットがないんですね。だから100%に近いユーザーが返してくれるんです」

アイカサの料金は24時間あたり70円。決済はクレジットカードやLINE Payなどのスマホ決済で行われる。

最大の壁は駅への設置

返却率や傘の耐久性といった問題解決はスムーズだった一方で、一番のネックとなったのは設置場所の拡大だった。

ユーザー数を増やすためにも、人の出入りが多く、生活動線上の拠点となる駅への設置はアイカサにとってマスト。しかし、安全性確保のための細かな規定が多い駅からすると新設備の導入は簡単ではなく、当初は前向きな返事を得られなかったと丸川氏は話す。

現在ではJR山手線や西武池袋線など、多くの鉄道会社との提携を成功させている。課題解決の糸口はなんだったのだろうか?

「ひとつは駅側にも『お客様をおもてなししたい』という気持ちがもともとあったことです。急な雨でも、すべての駅の近くにコンビニがあるわけではないですよね。それに、バスの本数が少なかったり、タクシーには行列ができていたりする場合もある。傘がないときに濡れずに帰るための選択肢って、案外少ないわけです。駅側も、帰宅するまでのラスト1マイルも快適に帰ってもらいたいという思いがあり、その点が私たちの事業と重なりました。

そして、もうひとつは廃棄傘の削減です。国内でのビニール傘の年間廃棄数は8000万本近くといわれていますが、駅でも傘の忘れ物が多いんですね」

JR東日本の発表によると、2017年度の傘の忘れ物は220万件を超える。そのうち持ち主が現れたのは1割程度。大部分は廃棄されている試算だ。ビニール傘は自治体によっては分別が難しく、保管場所や廃棄のコストは駅にとっても無視できない課題だった。

度重なる交渉を重ねた結果、最後には鉄道各社から利便性やコスト削減といった、共通のメリットを理解してもらえたのが大きかったそうだ。

理念に理解が得られた結果、JR東日本をはじめ、西武鉄道や京急電鉄など各鉄道会社が次々と提携を進めている。

アイカサが雨の日の行動を変える

アイカサが雨の日の社会インフラとして浸透することで、ユーザーには快適に雨の日を過ごせるというメリットがある。一方、ユーザーだけではなく企業にとってもメリットがあるという。

「雨の日って、当然ですが観光地や商店街だと目に見えて売り上げが落ちるんです。それには雨の日は本来出かけたい場所や行きたいお店に行かなくなるという理由があるんですね」

来客数が減る雨の日は、各店舗それぞれが雨の日限定の割引サービスなどを実施して客足を補填しようと試みている場合もあるが、やはりユーザーだけでなく企業にとっても雨の日は機会損失となり得る。

「でもアイカサがあれば、雨が降っていたり、降りそうだったとしても『アイカサがあるからいいか』という気持ちになると思うんです。ほかにも、『あの店はアイカサを設置しているから行こう』と考えることができたり、百貨店などでは買い物中に傘を持たなくて済むという利点から、雨の日の滞在時間も伸びるかもしれません。結果、来店のきっかけづくりや売上げの向上にもつながります」

また、アイカサを導入する効果は経済面だけにとどまらない。

「アイカサがユーザーにとって、“環境問題に意識を向けるきっかけ”になってほしいと思っています。ただ、最初から『このサービスはエコなんだよ』と伝えるだけじゃ人の心には響かないと思うんです」

アイカサでは傘の返却時、アイカサの使用で削減できたCO2の量がアプリに表示される。実際の成果が目に見えることで、ユーザーはたった今自分がした行動がエコにつながっていたと気づくことができる。

傘返却後のアプリ画面。返却時にはアプリを開いた状態で傘立てにスマホをかざす必要があるため、自然と目に入る。

「使った後に『エコなことをした』という実感が生まれれば、自然とサービスを使い続けたくなるし、家族や周りの方にも教えたくなると思うんです。また、今まで買ってきた傘が無駄だったことに気がつけば、身の回りにあふれるさまざまな無駄にも目を向けるきっかけになる。そうやって一人一人が環境意識を持ってくれれば良いなと思います」

アイカサでは環境への取り組みの一環として、ジップロックをリサイクルした傘を制作し、都内を中心に運用している。この取り組みにも、傘のシェアサービスを通じて有限である資源を効率的に利用するという循環型社会の考え方を広めたい、という丸川氏の思いがある。

なかには、初めて使ったシェアリングサービスがアイカサだったという声もあるそうだ。「傘という親しみやすいジャンルだからこそ、新しいサービスのかたちでも手に取ってもらえる機会が多い」と丸川氏は語る。

ジップロックのリサイクル傘のプロジェクトはアイカサ、ジップロック®、テラサイクル、BEAMS COUTUREの4者協働で進められた。

雨の日といえばアイカサとなるように

丸川氏によると、アイカサを使うユーザーの意識は3段階のフェーズに分かれるとも話す。

「フェーズ1は急な雨で仕方なくアイカサを使うという段階です。フェーズ2はそこから、『急な雨が降ってもアイカサがあるから心配ないか』とあえて自分の傘を持っていかない、アイカサを使う前提の生活を送る段階。最後のフェーズ3は家にある傘もアイカサに置きかわる段階です」

アイカサでは24時間あたり70円の通常プランだけでなく、月額280円で同時に2本まで傘を借りられるサブスクリプションサービスも提供している。

例えば出かけるときに、晴れていれば手ぶらで、雨が降っていれば自宅に1本のストックを残してアイカサを持っていく。最寄りの駅で傘を返却し、電車に乗って降りた先でまた傘を借りて目的地へ。雨が止めばどこかで返しても良いし、降り続けていればそのまま持って帰る。料金を気にせず、まるで自分の傘のようにアイカサを使うのがフェーズ3だ。アイカサがインフラとして浸透しきった生活では、ユーザーは傘がなくて困ることもなく、車内や屋内で濡れた傘を持ち歩く煩わしさからも解放される。

サブスクを利用した、必要なとき以外傘を持ち歩かない生活のイメージ。

もちろん、サブスクリプションサービスがすべての人に当てはまるわけではない。

「例えば、出張で東京に出てきている人や外国人観光客は1日単位の利用の仕方で良いと思うんです。その人にとって最も使いやすいサービスのあり方を提供することが大事だと考えています。そのためにもより設置場所を拡大して利用しやすくする必要がありますし、位置情報に合わせて雨が降りそうなときに最寄りのスポットを紹介できる仕組みも検討中です」

企業の福利厚生の一環として、アイカサを導入するプランも進めている。オフィスにアイカサのレンタルスポットを設置し、アイカサと契約した企業の社員は月額280円のプランが無料で使えるというわけだ。家と駅、オフィスのそれぞれがアイカサで結ばれ、ユーザーの利用機会がより増える。

また、前述のジップロックを再利用した傘のように、アイカサの傘はデザインのバリエーションも豊富だ。現在も10種類以上の柄があり、上野ならパンダが、奈良では鹿のイラストがあしらわれているなど地域によって特色もある。

パンダ柄のシェア傘。JR上野駅や上野の森美術館など、約50スポットで展開した。

「傘って映画や小説の題材に使われるように、メッセージ性も持ち合わせていると思うんです。傘を通じてエコな考えを伝えるのもそうですし、なにより雨でもおしゃれで快適に、ハッピーに過ごせるような傘を提供すれば、雨の日でも出かけたくなるような新しいライフスタイルを提案できるサービスになるはずです。

日本では1年の3分の1が雨です。扱うモノが傘という都合上、年間で3分の2は利益獲得の機会を捨てていると言われることもありますが、むしろ3分の1の日は必ず使ってもらえるようなサービスになる可能性があるということです。今はまだ『雨の日かつ、傘が無いとき』に使われていますが、これからどんどん付加価値を足すことができれば、『雨の日=アイカサ』へ変わっていくと思います」

アイカサが普及して『昔の人たちって傘を使い捨てていたんだね』という会話が生まれるような未来を想像する同社。傘のシェアリングサービスを通じて、一般的にイメージされているような資源の無駄遣いをなくすだけでなく、雨の日ならではの新しい楽しみ方も生み出してくれるのかもしれない。

 

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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