スーパーCEO列伝

AIデータマーケティングからD2C支援へ 1万社の経済圏で世の中の選択肢を増やす

Aiロボティクス株式会社

代表取締役

龍川 誠

文/杉山直隆 写真/宮下 潤 | 2021.02.10

創業わずか5年ながら、大手化粧品メーカーを次々とクライアントにしているスタートアップがAiロボティクスだ。AI(人工知能)を用いて効果の高いウェブ広告を自動的に生成するマーケティングテクノロジーを持ち、「低コストで確実に顧客を獲得できる」と高い評価を得ている。もっとも、代表取締役の龍川誠氏は、「現在地は登山で言うと、まだ0.2合目に過ぎません。私たちが目指しているのは、D2C企業のプラットフォーマーとなり、世の中の人々の選択肢を増やすこと」という。それは、どんな未来だろうか?

Aiロボティクス株式会社 代表取締役 龍川 誠(たつかわ まこと)

1985年生まれ。法政大学卒。大学時代からウェブサイトの制作、飲食店の立ち上げ、通販化粧品のECサイトの運営などさまざまなビジネスを行う。2013年、ロケットベンチャー社を設立、女性向けキュレーションメディア「4meee!」「4yuuu!」を運営。2015年、ロケットベンチャーを「BUYMA」を運営するエニグモ社に売却。2016年、HowTwo社を設立。美容情報メディア「HowTwo」の運営や、マーケティングサービスを展開。2020年7月、社名をAiロボティクスに変更。AI活用によるDX支援サービス、D2Cプラットフォームの創設へと事業の舵を切る。

ネット広告で、確実に顧客を獲得できる理由

ネット広告で、どれだけの数の新規顧客を獲得できるかは、はっきりは予測できない――。多くの人はそれが“常識”だと思っているだろう。

しかし、広告を出稿する前に、希望する新規顧客数を獲得するのに必要なコストがわかっていたら? しかも、これまでかけていた広告費より低く抑えられるとしたら? 多くの企業が飛びつくはずだ。

Aiロボティクスは、そんな“非常識”を現実にした。2016年に創業した同社は、AIデータマーケティング事業を手がけている。現在の業務の柱となっているサービスは「インターネット広告の最適化」だ。

»【企業情報】Aiロボティクス株式会社

Googleなどで検索したときに表示されるリスティング広告(検索連動型広告)や、TwitterやFacebookなどで表示されるSNS広告を出す際に、顧客獲得などのコンバージョン率が最も高い広告運用をAIで予測。それに最適化した広告のクリエイティブを生成して出稿する。

驚きなのは、広告を出稿する前からCPA=顧客獲得単価がわかることだ。同社が持つ膨大な運用データによって、CTR(クリック率)やCVR(コンバージョンレート。顧客獲得率)が予測でき、そこから「1万円かければ、顧客を1人獲得できる」といった具合にCPAが算出できるという。

つまり「100人の顧客を集めたい」というクライアントの要望に対して、「広告費が100万円あれば集められる」と成果を保証できるわけだ。

「効果が高いので、結果として広告単価も他社より下がります。弊社に広告出稿を依頼してから、わずか4カ月間でCPAが25%下がった事例もあります」と龍川氏は胸を張る。

Aiロボティクス株式会社 代表取締役・龍川 誠氏

その実力のほどは、クライアントの顔ぶれを見ればわかる。同社は、化粧品やヘルスケア関連商品など、美容業界の広告を主に手がけているが、クライアントには大手メーカーがずらりと顔を揃えているのだ。

ほぼ自動で最適な広告を見つけ出す「SELL」の実力

それだけ確実性の高いインターネット広告を生成できるのは、Aiロボティクスが独自に開発した広告自動最適化システム「SELL」があるからだ。

SELLは、AIエンジンを搭載した広告自動最適化システムである。AIには、化粧品やヘルスケア関連商品に関する広告とそのユーザーの反応に関するあらゆるデータを学習させている。例えば「商品の価格帯」や「特徴」「顧客ターゲット」「広告の文言」や「画像」などのデータをすべて数値化して、どの要素が揃うと売れるのかを解析させる。だから自動で最大の効果が上げられる広告を予測・生成できるのだ。

新たに広告を出稿するときは、テキストや画像など、広告の基になる素材をいくつか用意して、学習させる。すると、SELLが最適と考えられるキャッチコピーや画像の組み合わせを判断し、広告クリエイティブを自動生成して、出稿する。

特筆すべきは、その出稿した広告に対するユーザーの反応を見て、テキストや画像の変更を即座に、自動的に行うこと。朝の9時に開始したクリエイティブが昼の12時に更新されているほどのスピードだ。AIが自らPDCAを回すように、最も効果的な広告をブラッシュアップしてくれるのである。

顧客獲得は窓口となる広告と、コンバージョンさせるコンテンツのセットで行われるが、コンテンツの最適化も自動だ。例えば、ランディングページと呼ばれる通販サイトの導入ページも、ユーザーの反応を分析して、タイトルや説明文をリライトしたり、画像の位置を変えたり差し替えたりする。一連のプロセスに、人間の手は必要ない。

「クリエイティブのノウハウも、SELLに学習させました。タイトルや説明文、画像などの組み合わせパターンは何千、何万パターンとあるので、AIでなければ判断できません。ここまで自動的にできる仕組みを実用化している企業は、国内では当社だけだと思います」(龍川氏、以下同)

化粧品の通販は、無料か低額のトライアルを試してもらった上で、次の購買につなげる、というプロセスが一般的だ。サンプルを試す人を獲得できても、その後が続かなければ意味がないが、その点でもAiロボティクスは、リピーターとなる良質な顧客を獲得するノウハウを持つ。

「トライアルを入手したお客様のデータを解析し、購入に結びついた方の特徴を分析しています。例えば『どのサイトを経由して来ているのか』『何を最初にクリックしているのか』といったことです。その特徴を持った方にアプローチするように広告を出しています。そのため、LTV(ライフタイムバリュー。顧客生涯価値)が高いお客様を獲得できるのです」

ウェブメディア運営を通じて、データマーケティングのノウハウを蓄積

AiロボティクスがSELLを開発できた要因は、複数のメディア運営を通じて、顧客データや広告運用のノウハウを蓄積していたことがある。

龍川氏はもともと2013年にロケットベンチャーという会社を起業、そこで「4meee!」や「4yuuu!」などの女性向けキュレーションメディアを運営していた。同社は2014年にエニグモにバイアウトしたが、龍川氏は2016年、新たにHowTwo株式会社を起業。美容情報メディア「HowTwo」を立ち上げて、1年で動画再生回数1億回という人気メディアに育て上げた。

「この過程で、数億円の広告出稿を自社で行い、広告の成果についてABテストを果てしなく重ねてきました。そこに何よりもコストをかけてきましたね。また、コンテンツをたくさん制作することで、クリエイティブのノウハウも蓄積していました。これがなければ、SELLは開発できなかったでしょう」

»ロケットベンチャー時代に龍川氏を取材した記事:オリジナルにこだわり、女性たちを惹きつける唯一無二のブランドを構築

「確実に顧客を獲得できる」というアピールポイントを明確にするために、Aiロボティクスは、広告費をCPAに応じた成果報酬にしている。広告を出した時点で料金が発生するのではなく、その広告によって新規顧客が獲得できた分だけ料金が発生するというものだ。仮に広告を出稿して、顧客が一人も獲得できなかったら報酬はゼロ。

SELLの収益性を表す管理画面。利益率を確保しながら運用する点が肝だ

「成果報酬の仕組みは、従来の広告代理店にはできません。成果に関係なくクリエイティブをつくってマージンをもらうスタイルで仕事をしてきたので、成果報酬型に変えると、構造的に変えたくても変えられないのです。

しかし、今や広告はパフォーマンスで測るのが世界の常識ですから、変わらなければいけません。そこに、私たちのような何も背負うモノがないスタートアップの強みがあります。これは、従来の自動車会社がガソリン車の生産量を減らせないために、テスラのようにEV(電気自動車)にシフトできないのと似た現象です」

成果報酬にしたことで、Aiロボティクスの評判は業界内で知れ渡り、今では営業を一切しなくても、クライアントの方から問い合わせが来る状態だという。

しかし、龍川社長は「これで満足するつもりは一切ない」と言う。

「私たちが目指していることはもっと先にあります。実現したいのは、『新しい自由を創造する』こと。そのゴールから逆算すると、まだ0.2合目ぐらいまでしか登っていません。ゴールに近づくために、新しい展開に乗り出しています」

次の展開は「D2C企業を1万社育て上げる」こと

同社は2020年7月に社名をHowTwoからAiロボティクスに変更した。理由は、広告最適化にとどまらず、新たな事業展開に乗り出すためだ。

新しい展開とは何か。それは、D2C企業のプラットフォーマーとしてD2Cスタートアップを支援すること。

D2Cとは言うまでもなく「Direct to Consumer」の略。商品の企画・開発から生産、販売までを一貫して行い、流通業者を通さずにユーザーに直接販売するビジネスモデルのことである。

「ネット通販とどこが違うのか?」と思うかもしれないが、「商品企画や販売など、あらゆる業務をデータドリブンで行う」「単にプロダクトを販売するのではなく、ライフスタイルや世界観を提供することを志向している」「ユーザーを仲間のようにとらえ、SNSで積極的にコミュニケーションを取る」といった点が従来のネット通販と一線を画している。

顧客の声を直接聞くことで、素早く商品開発や販売手法に役立てられる。

D2Cの最先端を行くアメリカでは、マットレスのCasper SleepなどすでにIPOを果たしたD2Cスタートアップが誕生している。日本でも男性用スキンケア用品の「BULK HOMME(バルクオム)」や、女性向けオーダーメイドシャンプーの「MEDULLA(メデュラ)」など、スタートアップによるD2Cブランドが続々登場。このようなD2Cのスタートアップを一から生み出して育て上げよう、というのが、龍川氏が描いている構想だ。

Aiロボティクスがデータマーケティング事業の中で培ってきたノウハウは、もはや“継続的な成長が望める商品”の開発が可能な領域にまで達している。同社のD2C支援は、AIとRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション。事業プロセス自動化)をフル活用して、支援するスタートアップの商品・ブランドの企画・開発から生産、物流、販売、集客、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)までを包括的にサポートする。生産に関しては、提携する約100の国内工場を紹介し、必要に応じて資金提供まで行うという。

「D2Cブランドをつくるためには、新しいライフスタイルや世界観を語れる人が欠かせません。その候補のひとつが、さまざまなジャンルのインフルエンサーです。近年はインフルエンサーが小さなメーカーとなりオリジナルグッズをつくって販売する例が増えていますが、買い手がファン止まりになることが大半。

しかし、私たちが目指すのはそのレベルではありません。影響力ある彼らがしっかりとD2Cブランドとして勃興していく世界をつくりたい。キャズムでいえば、アーリーアダプターだけでなく、レイトマジョリティまで商品が広がっていくようなイメージです。そうした会社を1万社、育て上げたいと考えています」

選択肢を増やし、新しい自由を創造する

なぜ、Aiロボティクスは1万社ものD2C企業を育て、プラットフォーマーになることを目指すのか。その理由は、「新しい自由を創造する」ためだ。

「新しい自由とは、一言で表すと、選択肢が多いこと」と龍川氏は言う。

「飛行機に乗って海外旅行に出かける、車で近場の温泉地に行く、映画を観に行く、公園を散歩する……。人生の楽しみ方にはさまざまな選択肢があります。しかし、その選択肢は、経済的な余裕と時間の余裕がなければ、限られてしまいます。その選択肢が少ない人が意外にも多い、と私は感じるのです」

では、何をすれば多くの人の選択肢を増やせるのか。導き出した答えが、多くの雇用を生み出して、多くの収入を得られる人を増やすことだった。

「まず考えたのは、AIやRPAなどのテクノロジーを駆使して業務を効率化・自動化することで、安定した収益を上げる会社を増やすことです。効率的に収益を上げられるようになれば、社員の給料が増え、余暇も増える。生活の選択肢は増えるでしょう。

ただ、これまで手がけてきた広告最適化の事業では、そうした会社を増やすのに限界があります。弊社の効率化・自動化のノウハウを生かして、高収益企業をたくさん増やすにはどうしたらよいか……。

そこで行き着いたのが、すでに成功例が出始めているD2Cだったのです。優良なD2C企業を生み出せれば、経営者やそこで働く人はもちろん、商品を購入する人にもメリットがある。良いことづくめだと考えました」

しかし、業務を効率化・自動化してしまえば、人を雇わなくて済むので、働く場をなくす人が増えるのではないか。そんな疑問に対して龍川氏は、「人間にしかできない新しい仕事が創出されるので、むしろ働き場が増える」と予測する。

「例えば18世紀の産業革命では、工業化によってそれまで手作業をしていた人たちの仕事が失われることになりましたが、大量生産が可能になったことで代わりの仕事が新たに生まれました。コンピュータが登場した第3次産業革命でも同様で、非効率な仕事が失われる一方で、システムエンジニアやプログラマーなどのコンピュータ関連の仕事が増えました。

情報のデジタル化やAIによる効率性の向上やスピード化が進む第4次産業革命が起きている現在も、同じように、非効率な仕事が減る代わりに、人間にしかできない新しい仕事が生まれると考えています」

新しい仕事が生まれれば、その分、雇用も増える。そうしたD2Cの会社を1万社増やし、各社が100人ずつ雇えば、100万人の雇用が生まれる。そんな「D2C経済圏」を作り出すことが、龍川氏が目指す未来だ。

「そこまで巨大なD2C経済圏を生み出せれば、世の中の多くの人々の選択肢を今よりずっと増やすことができるはずです。こうした日本の、いや、世界の社会課題を解決する一助になりたい。青くさいようですが、本心から多くの人の役に立ちたい。もちろん、1~2年で成し遂げられるような話ではありません。30年スパンで考え、一つひとつ積み上げていきたいと考えています」

Aiロボティクスは、すでに複数の起業家・パートナー・インフルエンサーとD2Cスタートアップの育成を開始している、と龍川氏。「新しい自由」の創造に向けて、確かな第一歩を踏み出している。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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