スーパーCEO列伝

ビジネスはアナログなコミュニケーションが一番大事 チャットによる「非同期」と「コンテキストの省略」で生産性が変わる

Chatwork株式会社

代表取締役CEO兼CTO

山本正喜

文/野村隆仁 写真/谷本 恵 | 2020.02.21

ビジネスにおけるコミュニケーションは、生産性やクオリティを高める上でとても重要だ。デジタルの進化によって情報の共有が容易になり、物理的な距離は問題ではなくなったが、本来の意味でのコミュニケーションの深化にはつながっているだろうか。国内チャットツール大手Chatwork株式会社の山本正喜代表は、「最も大事なのはアナログなコミュニケーション」と語る。その真意とは?

Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO 山本正喜(やまもとまさき)

1980年生まれ。電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中より兄とともに、兄弟で起業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供を開始。2018年6月に、Chatwork株式会社代表取締役CEO兼CTOに就任。

ビジネスコミュニケーションは使い分けが大前提

「チャット」は、電話やメールに次ぐコミュニケーション手段としてビジネスシーンでは当たり前の存在になった。今や建設・不動産業など、IT系以外の業界でも導入が進んでいる。国内ビジネスチャット市場は2022年度予測で約232億円の規模となる見込みで、年次約30%の急成長が期待できるマーケット(富士キメラ総研:ソフトウェアビジネス新市場 2018年版)として注目度は高い。

Chatwork株式会社が提供する「Chatwork(チャットワーク)」は、ビジネスチャットという言葉がほとんど浸透していなかった2011年にツールの提供を開始。その後、同ツールは急速にビジネスシーンに浸透し、現在は約24万6,000社以上に導入(2019年12月末日時点)されている。ツールだけでなく企業も順調に成長を続け、同社は2019年9月に東証マザーズへの上場を果たした。

現在、ビジネスコミュニケーションの手段は大きく分けて「電話」「メール」「対面」、そして「チャット」の4つに分類される。

Chatworkはビジネスチャットを提供するリーディングカンパニーであり、同社のツールのログイン画面には「ビジネスコミュニケーションをこれ一つで」という文言がある。これはつまり、将来はチャット以外のビジネスコミュニケーションツールは不要になるということだろうか?

「当社のコミュニケーションがChatworkだけで完結しているかというと、そんなことはありません。普通にデスクで雑談もしますよ。重要なのは、電話やメール、ビジネスチャットなどのツールの特性や役割をきちんと把握した上で、目的に合わせて最適なコミュニケーション手段を選ぶことです」

山本代表によると、電話を使うのは、重要度が高くて緊急性のある場合、例えばサーバーがダウンしたときなど、早急に対処する必要があるアクシデントが発生したときに限る。

メールは、社内でのやりとりには一切使用しない。ただし、自社サービスのサポート対応や、名刺交換した相手への挨拶など、短いやりとりで使用する機会はある。社外の人など多少かしこまった連絡をする際の手段として、メールはまだまだ有効な手段のひとつだといえる。

「一方で、エモーショナルなコミュニケーションが必要な場合もあると思います。つまり相手の表情を読み取り、言葉に感情を乗せることが大切な場面。例えば、プロジェクトの始動で行うキックオフや、部下とのワン・オン・ワンミーティング、企画会議などは対面でのコミュニケーションが望ましいでしょう」

テキストでのコミュニケーションは、対面なら伝わりやすい感情が抜け落ちてしまうことがある。例えば「大丈夫です」という一言をテキストで発しても、本当に大丈夫かどうかは顔が見えないため、判断がつかない。

ビジネスチャットのメリットは「非同期」と「コンテキストの省略」

ではあらためて、ビジネスコミュニケーションとして定着したチャットにはどんなメリットがあるか考えてみたい。

山本代表はメリットについて、「非同期」と「コンテキストの省略」というキーワードを用いて説明する。

「『非同期』とはコミュニケーションを行う人同士が、同じ時間をリアルタイムで共有していない状態のことです。例えばビジネスチャットを通じてメッセージを送っても、『既読』がつかないので基本的に受信者は即座の返信を強制されることはなく、自分に都合の良いタイミングで返信できる。この点はメールと同じですね。

『非同期』であることのメリットは、集中したい時間を自分で確保できることです。例えばプレゼンの資料作成やプログラムを書くためにまとまった時間が欲しい場合、電話などと違って途中で妨害されることもありません」

Chatworkでは複数ユーザーが参加するグループチャットについて、特定の相手を指定する「TO機能」を含めて通知をオフにする設定が可能。これは通知によって集中を妨げないように配慮された機能だ。

Chatworkのメリットをひも解くもうひとつのキーワード「コンテキストの省略」の「コンテキスト」とは、直訳すると「文脈」という意味で、いわばコミュニケーションの前後の流れを指す。山本代表はメールを例として、コンテキストの取り扱いに生じる負荷ついて指摘する。

「メールは社内や取引先からの連絡が並列に来ます。内容を確認する前に『どこの部署から送られてきたか』『何の案件か』など、無意識でカテゴリー分けする作業が入りますよね。メールを送る際にも、宛名にはじまり、自己紹介、挨拶文の後にやっと本題、そして最後に締めくくりまであります。メールは構造上、絶対的に面倒なのです。

しかしビジネスチャットでは、そういったカテゴリー分けの作業を省略できます。案件や部署ごとにメッセージを集約できる『グループチャット』を一度作っておけば、すぐに内容確認に進むことができるのです」

例えばA案件のグループチャットがあったとして、そこに投稿されたメッセージは瞬時にA案件に関係するものだということがわかる。区切りの無い縦軸のスクロールは、これまでのメッセージをさかのぼることも簡単で、ワード検索も可能。「TO機能」と同様の機能である返信やメッセージの引用をすることで、例えば「了解です」という短い言葉であっても、どのメッセージに掛かっているのかがわかりやすい。

このようにメールと比べるとビジネスチャットは、「どの案件に関するメッセージなのか』「どのメッセージに対して返信すればいいのか』などが瞬時に把握できるため、送り手も受け手もコンテキストの共有作業を挟まずスムーズにやり取りを進めることができる。

Chatwork上のコミュニケーションのイメージ

雑談の目的はパーソナリティの理解

ここまでビジネスチャットのメリットを見てきたが、同社はビジネスコミュニケーションにおいて決して「ビジネスチャットだけに優位性がある」というスタンスは示していない。

特にデジタルツールの使用頻度が高まることによって一般的にイメージされる「対面での会話が減るのでは」という懸念に対し、山本代表はむしろ「相手の顔が見えないビジネスチャットで円滑なやりとりをするためにも、対面でのコミュニケーションは必要」と話す。

「実は、対面での会話などを通じてバックグラウンドの共有ができている相手とのコミュニケーションの量は、結果的に減ります。共有できていないと探るためのコミュニケーション、いわゆる防衛的なコミュニケーションが必要になり量が増えますが、日ごろの雑談などを通じて相手のことが理解できていると、気を使ったコミュニケーションが少なくなります。その結果、端的なコミュニケーションが可能になるのです」

「Chatworkで雑談することもありますが(笑)」

身近な例が家族同士のLINEのやりとりだ。家族は互いのパーソナリティの理解が深いため、「帰る」「了解」などの一言でも相手に不快な印象を与えることなくコミュニケーションが成り立つことが多い。

対面でのコミュニケーションは時間や場所の制約があるため、チャットなどと比べるとコストは高くなる。しかしその分、発する言葉以外にも話し方や顔の表情など、伝えられる情報量は最も多く、人間関係の基盤を築き上げる上での機能は高い。将来的にデジタルツールによる簡潔で円滑なコミュニケーションをとるためにこそ、対面でのコミュニケーションが重要だといえる。

また、山本代表は「クリエイティブな仕事をする上では、対面などのアナログのコミュニケーションが一番大事」とも言う。コストの高いアナログなコミュニケーションをとる時間を生み出すために、チャットによる円滑なコミュニケーションが生きてくるのだ。

“コミュニケーションの総量”が増えることこそが価値

電話やメール、対面などのビジネスにおけるコミュニケーションにはそれぞれ一長一短があり、どれかひとつに集約されることはまだ考えにくい。そんななかで、山本代表は今後のビジネスチャットの役割や価値についてどのように考えているのだろうか。

「ビジネスチャットは相手にメッセージを送るハードルが下がる分、コミュニケーションの『総量』を増やすことができます。総量が増えるということは、より丁寧で細かな意思伝達や確認作業も可能になるということ。それは業務のクオリティ向上にもかかわると考えています」

FAXや固定電話が主流だった時代に比べ、メールや携帯電話が普及した今はビジネスコミュニケーションの在り方は変わった。

さらに今後、チャットが浸透したビジネスシーンでは、コミュニケーションの量と質が圧倒的に増える。その先にあるのは、今まで以上に豊かな人間関係なのかもしれない。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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