経営者のための法知識
フォーサイト総合法律事務所
パートナー弁護士
由木竜太
編集/武居直人(リブクル) | 2018.09.27
フォーサイト総合法律事務所 パートナー弁護士 由木竜太(ゆぎ りゅうた)
企業法務系国内事務所を経て、2011年1月より現職。主に上場企業や上場を目指すベンチャー企業向けに、労働法、会社法、M&A等に関する業務、紛争予防業務、紛争解決業務等に取り組む。
©Stock-Asso/Shutterstock
例えば、「新たに雇ったメンバーから、就業規則を確認したいと言われたが、当社は立ち上げてから間もないため、就業規則を作っていませんでした。この場合にも就業規則を示す必要があるのでしょうか」といったケースの場合、経営者であるあなたはどう対応されますか?
ないものはない、としてメンバーからの要求を突っぱねる方もいらっしゃるでしょうし、ないことを正直に告げた上で、改めて就業規則を作成しメンバーに示すといった対応を取る方もいらっしゃるかと思います。
就業規則は労働者との労働契約の内容を構成するものであることから、基本的には作成すべきですし、従業員に隠すような対応はとるべきではないと考えます。
就業規則では、個々の労働者に統一的・画一的に適用される様々な労働条件を定めることができますし、一定の要件を満たすことで労働者との間の労働契約の内容とすることができます。会社として守らせるべきルールを定めることができるという点で、“武器”となり得る重要な書類となるのです。
一方で、もし就業規則がない場合には、労働者との間で都度詳細な労働条件を定めた労働契約書を取り交わすのが原則です。この手続は負担が大きく、個々の従業員と都度交渉ということになれば、労働条件がバラバラになりかねず、労務管理は煩雑になってしまいかねません。
また、後記のとおり、労働者を10名以上抱えている会社では、法律上就業規則を作成する義務を負い、この義務に違反した場合には刑罰を科せられる(労働基準法120条1号)可能性もあります。
そういった点からも、就業規則は作成し、労働者にも示していくべきであるといえます。
法律において定義されたものはありませんが、一般的には、労働条件や就業にあたって守るべきルールを定めた規則類を総称したものをいいます。
読んで字のごとく、就業規則は、職場での就業に関するルール(規則)として、会社が一方的に定める形で存在してきました。ですが、社会における就業規則の役割や実務上の雇用慣行を前提に、判例は、就業規則が合理的な労働条件を定めるものである限り、労働条件はその就業規則によるとの判断を示し、現在ではこれが労働契約法の内容になっています(労働契約法7条)。そのため、現代の就業規則は、職場でのルールのみならず、労働者の労働条件を設定するものとの意義を有しています。
就業規則は、労働契約の開始から終了までの全過程を通じて労働者を拘束しうる強大な役割を担っています。他方、労働者は企業の根幹をなし、会社の存続と発展のためには、労働者との信頼関係の維持という観点をおろそかにすることはできません。
また、最近では雇用形態の多様化が進むとともに、技術革新や社会情勢の変化に伴う新たな雇用に関する問題も生じるなど、時代の変化とともに就業規則の内容も変化しています。
そのため、紛争予防という観点からは、就業規則を定期的に見直していくことが不可欠であるといえます。
常時10人以上の労働者を使用する者は、事業場ごとに就業規則を作成しなければなりません。
①常時10人以上はどのように判断するか?
労働契約(雇用契約)を結んでいる労働者の数が基準となります。ちなみに、派遣労働者は派遣元の労働者としてカウントされますので、派遣労働者は、派遣先企業での人数に含まれません。
②雇用形態が複数ある場合は?
正社員以外に、契約社員、パート労働者、アルバイトなど、いくつかの雇用形態を採用しているケースがありますが、その場合でも、全ての雇用形態を併せて常時使用する労働者の数が10人以上であれば作成義務が生じます。
例えば、期間の定めのない正社員6名、有期契約のパートタイマー3名、有期契約のアルバイト2名の11名が存在する場合には、就業規則を作成することが必要になります。
③事業場について
例えば、ひとつの企業で2つの営業所を抱えている場合、それぞれの営業所をひとつの単位として捉えるのが原則となりますが、規模が著しく小さく、独立した事業所といえないような場合には、ひとつの単位としないことができます。
就業規則の記載事項は、労働基準法に列挙されており、①絶対的必要記載事項(労働基準法89条1号~3号)と②相対的必要記載事項(同法同条3号の2~10号)とがあります。このうち、①の絶対的必要記載事項は、就業規則で必ず定めなければならないものです。②の相対的必要記載事項は、制度を設ける場合に記載することが必要な事項です。
この①の事項や制度を設けているのに②の事項を欠いた場合には、就業規則の作成義務違反として刑罰を科せられる可能性があります(同法120条1号)。そのほか、用語の定義、適用範囲、採用手続に関する事項などは、任意的記載事項として、企業において自由に定めることができます。
就業規則を作成する場合や内容を変更する場合には、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合(過半数労働組合※1)の、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)の意見を聴かなければなりません。
※1 過半数労働組合とは、その事業場のすべての労働者(職種の違いは問わない)の過半数を占める労働者が加入している労働組合のこと。
つまり、正社員30名、有期契約社員15名、パートタイマー10名の事業場において、正社員全員で組織する労働組合がある場合には、正社員に適用される就業規則の作成・変更の際には、言わずもがなですが、有期契約社員に適用される就業規則の作成・変更の場面でも、同じ労働組合から意見聴取をする必要があるということです。
逆に、正社員10名、有期契約社員15名、パートタイマー30名の事業場において、労働組合が組織されておらず、過半数代表者として、パートタイマーが選出された場合には、正社員就業規則についての意見聴取であっても、過半数代表者であるそのパートタイマーの意見を聞けばこと足りるということです。
作成または変更した就業規則は労働基準監督署に届け出なければなりませんが、電子申請でも行うことができます。
また、賃金規程、育児介護休業規程などを就業規則とは別に定めるケースもありますが、就業規則の一部となるものですので、これらの規程を作成または変更した場合にも届出が必要です。
就業規則は労働者に周知しなければなりません。
周知の方法としては、個々の労働者への配布、職場の見やすい場所への掲示・備え付け、電子媒体などに記録し、労働者がこれを常時確認できる機器を設置することのいずれかとなります。
ちなみに、就業規則の内容を労働契約の内容とするための要件として、また就業規則の変更により労働条件を変更する場合の要件として、いずれも就業規則を「周知」することが必要ですが(労働契約法7条、10条)、この周知という要件を満たすために必ずしも労働基準法106条で定める方法を取らなくてもよく、実質的にみて事業場の労働者らに対して、その就業規則の内容を知り得る状態においていれば足り、労働者が実際に就業規則の内容を知ったか否かは問わないとされます。
例えば、作業場とは別棟の食堂や更衣室に就業規則を備え付け、労働者が見ようと思えばいつでも見ることができるような状態においていた場合や、変更後の就業規則の電子データを誰でもアクセスできる状態にしておき、労働者全体に対して、就業規則を変更したので確認しておくように、とのメールを発信する方法でもよいことになります。
会社にとって、就業規則を作成するメリットは、多くの労働者の労働条件を統一的・画一的に管理できることにあります。重要性の項でも触れましたとおり、会社は、労働者との間で個々の労働契約を結ぶことになりますが、都度条件交渉をしていたのでは労働条件がバラバラになってしまい、労務管理が煩瑣になります。
就業規則は、労働契約の内容のうち統一的・画一的な管理が必要な事項を切り出すことができるという点で大きなメリットになります。
また、会社が労働者に対して懲戒処分を科すには、就業規則の定めに従わなければならないとするのが判例のスタンスです。この点からも作成する必要はあり、このような懲戒処分・懲戒事由の定めを設けることにより企業秩序の維持につなげられます。
まずは、前記した絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項を漏れなく盛り込むことが必要です。もっとも、会社の経営者が一から作るのはかなり至難の業ですので、専門家の助力を得るのがよいと思います。
ちなみに、厚生労働省は、モデル就業規則を作成し、公開しています(以下のリンク参照)。こちらでは、平成30年1月現在の法令などに基づき、絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項が漏れなく記載されていますが、一般的な内容にとどまっているため、これをそのまま使うとかえって使い勝手が悪くなることもあります。そのため、モデル就業規則を使うかどうかは慎重に検討してください。
前記の通り、就業規則は労働者への周知を要しますし、この手続を欠くと効力が発生しません。また、就業規則の内容を労働契約の内容に取り込むこともできません。さらにいえば、服務規律や懲戒事由などは、労働者の行動規範となりますので、知らない状態ではこれらのルールを守らせることもできません。
そのため、就業規則は隠すことなく開示しておくのがあるべき姿といえます。
就業規則は大部なものであることが多く、作成や変更に当たっては労力がかかります。そのため、会社として作成・変更について二の足を踏んでしまっているケースも見受けられます。ですが、労働者との労働契約の内容を構成するものですので、しっかりと作り込めば会社の武器となるものです。
そして、一度作ったらそのままというものでもありませんので、法改正や社会情勢などに合わせて適宜変更していくことも重要です。特に近年は労働法関係の法改正が相次いでいますので、専門家の助力を得て適切に対応することをお勧めします。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美